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調査研究
2020年6月より開催している「インパクト投資に関する勉強会」のフェーズ2第3回勉強会が、2022年9月12日(月)にオンラインにて開催されました。本勉強会は、インパクト投資に対する金融市場関係者と行政の理解を深め、国内外の社会課題解決に向けたインパクト投資への取り組みの意義と課題を明らかにし、我が国金融業界の持続的な発展に資する推進の在り方について議論することを目的としています。
第3回勉強会では、6月に経団連が発表したインパクト指標に関する報告書「“インパクト指標”を活用し、パーパス起点の対話を促進する~企業と投資家によるサステイナブルな資本主義の実践~」の経緯や成果、インパクト目標設定に取り組む企業の事例を取り上げ、インパクト創出に関する企業側の取組みや投資家の役割等について議論しました。
冒頭に座長の高崎経済大学学長水口剛氏、副座長の金融庁チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサー池田賢志氏の両者から、ご挨拶をいただきました。水口座長は、インパクト指標はインパクト投資において大きな論点であり、日本を代表する大手企業が集まる経団連がインパクト指標に関する報告書を出したのは画期的であり時代の転換点であるという点を挙げられました。池田氏は、シンガポールで開催されたMoral Money Summit Asiaでの議論を踏まえ、企業がインパクトを計測して示していくという動きはアジアでも始まっているという点を挙げ、本勉強会での議論への期待を述べられました。
続いて、経団連金融・資本市場委員会建設的対話促進ワーキング・グループで座長を務める銭谷美幸氏(第一生命ホールディングス経営企画ユニットフェロー)より、インパクト指標を活用したパーパス起点の対話の促進についてご発表頂きました。銭谷氏はまず、経団連報告書の背景として以下2点を挙げました。1つは、企業と投資家双方がサステナビリティを社会へのインパクトの最大化や企業の中長期的な市場機会の観点として捉える「ESG投資の進化」が必要であるという点であり、2つ目は、「ESG投資の進化」に向けては企業と投資家によるパーパス起点の対話が重要であるという点です。企業と投資家の対話においては、パーパス起点の長期目標や長期経営戦略に基づく情報が必要であることから、本報告書は、こうした対話に資する新たな指標の在り方を検討することを目的として作成されたことを紹介しました。また、第一生命の事例も挙げながら、インパクト指標の活用の在り方についてもご説明頂きました。
次に、経団連ソーシャル・コミュニケーション本部長の正木義久氏より「インパクト指標活用上の課題」についてご発表頂きました。インパクト指標活用にあたっては、どのインパクトを指標で示すのか、どのようにインパクトを説明するか、インパクトと財務価値をどのように結びつけるか、目標値の設定や測定はどの程度正確であるべきか、対話はどうあるべきかといった課題があるとし、それぞれの論点について解説されました。また、「経団連インパクト指標例」についても説明して頂きました。
続いて、大和ハウス工業経営管理本部IR室の関沙織氏より、インパクト指標の活用に向けた大和ハウスグループの課題についてご発表頂きました。創業者精神を受け継ぎながら“将来の夢(パーパス)”の策定を行った経緯やプロセスについてご共有頂き、価値創造ストーリーやビジネスモデルとの関係性についてもお話頂きました。また、同社で進めているインパクト指標の活用に向けての取組みに関して、具体事例を挙げながら検討内容や課題についても共有して頂きました。
続いて、リクルートホールディングスサステナビリティトランスフォーメーション部の西村優子氏より、同社におけるインパクト目標設定の経緯やプロセスをご共有頂きました。リクルートでは、2030年度に向けたサステナビリティへのコミットメントとして、「就業までに掛かる時間を半分に短縮する」「雇用市場における障壁に直面する累計約3,000万人の就業をサポートする」というインパクト目標を定めていますが、なぜこの2つの目標に決まったのかといった背景や社内での議論をご共有頂きました。また、インパクト目標発表後の機関投資家の反応等についてもお話頂きました。
上記プレゼンテーションの後、水口座長のファシリテーションのもと4名の発表者でパネルディスカッションを行いました。冒頭に水口氏が、プレゼンテーションの所感を述べられました。インパクト投資の世界は、起業時からインパクト志向を持つベンチャーやスタートアップ企業を対象としたプライベート・エクイティ投資の領域からはじまっており、上場企業や事業を多角化している大企業向けのインパクト投資は原理的に難しいのではないかと思っていたが、創業者のインパクト志向が強く本業そのものがインパクトだという側面は共通しているのかもしれないとの気づきを述べられました。一方で、大企業がインパクト志向になれば済むというほど単純ではなく、現に大企業はネガティブなインパクトが批判されることもあるという点も挙げられました。
経団連ワーキング・グループでの実際の議論の様子に関する質問に対しては、銭谷氏および正木氏より、当初はワーキング・グループ内でも、日本全体としてどのようにトランスフォーメーションしていくかについての認識のギャップがあったものの、報告書のドラフトをベースに活発な議論が行われた点、企業側としては“色々やっても果たして評価してもらえるのか”という気持ちもあったなか、企業と投資家の双方にとってポジティブな対話を作っていくのだということを意識した点を挙げて頂きました。また、関氏からは、企業が指標を設定すると“必達目標”のように受け取られがちであるため、そこがハードルとなるといったご意見が挙がったこともご紹介頂きました。目標はあくまでチャレンジ目標であり、チャレンジする姿勢が大事であること、また、目標が事業と結びつくストーリーが重要であるといった議論となりました。
インパクト指標を定めたことによる社内の変化についての問いでは、西村氏が、クリアな時間軸と数値目標を定め、分かりやすくワクワクする内容となったことで、社員のパッションやアイディアが促進されたという効果があったことを紹介しました。社外の反応も大きく、発表から数日以内に投資家からの反応があった点や、投資家とのダイアログの内容を社内に展開することで取組推進に役立っており、投資家がサポーターのような位置づけになっているとのご経験を述べられました。
大企業においても事業そのものが社会的価値を生むのであれば、なぜ従来の経済活動の持続可能性が問題視されインパクトが着目されているのかという問いについても議論を行いました。パネリストからは、ステークホルダー資本主義の議論が出てきたことにも現れているように貧富の格差が問題となっていること、そうした情報がSNSを通して一気に広がる時代であるということ、創業者がインパクト志向を持っていたとしても企業が大きくなるにつれ事業の存続・継続が目的となってしまうこと等が挙がりました。そのような問題に対し、本来の創業者精神や社会的な存在価値を見直す視点がSDGsでありインパクトであること、実際にインパクト指標の議論を行うことにより存在価値の見直しや現場の職員の意識転換が起こりはじめているといった意見も挙がりました。
多角的な経営をしている大企業、特にB2B企業はインパクト指標の測定が難しいのではないかとの問いでは、オブザーバーとしてご参加されていた住友化学常務執行役員の大野顕司氏よりコメントを頂きました。住友化学では社会課題解決への貢献を目指して事業を行っていますが、素材メーカーであるため、バリューチェーンの長さや時間軸の長さが課題であり、KPIに関してもアウトプットやアウトカムまでは把握できてもインパクトの測定が難しい点を挙げられました。例えばGHGのScope3や人権に関する開示要請が高まっていますが、最終製品が使用されることにより具体的にどのような成果があるかを定量的に把握することは容易ではない点や、インパクト測定のための仮説の合理性を説明することが難しいといった点を挙げられました。こうした背景から、定量的な指標だけではなく、価値創造ストーリーをナラティブに説明することが重要であるとのご意見を述べられました。
最後に、パネリストから投資家へのコメントや期待を述べて頂きました。パーパスやインパクト指標に基づく対話の深化や長期目線での投資への期待、一緒に考えて挑んでいく関係を継続したいという期待のほか、インパクトについては安易に相関関係や重回帰分析を行うのではなく、ナラティブな説明や構造化を重視すべきとの意見も挙がりました。課題解決にどう貢献していくかを、長期的な目線で企業と投資家が一緒に対話していくことが必要との意見も挙がりました。
参加者も交えた質疑応答セッションでは、インパクトの可視化と企業価値の向上の関係についての議論や、投資家としてポジティブインパクトとネガティブインパクトのエンゲージメントをどのように行っていくかという議論、また、インパクトが価値基盤の強化につながり企業価値に戻ってくるというループを描くことが重要との議論となりました。
パネルディスカッションの後、ブレイクアウトセッションを行い、「日本の大企業において「インパクト創出」を推進するには何が鍵となるか」「投資家としてインパクト創出に関して大企業と対話する際、何を重視すべきか」について、複数のグループに分かれて議論が行われました。
前者については、パーパスとインパクトの関連性を明確にすること、具体的には、存在意義(パーパス)や目指すべき方向性が企業価値や社会的価値(インパクト)にどうつながるかのリンケージを時間軸で説明できるようになること、経営者のコミットメントやリーダーシップのもと全社で推進すること、インパクトの計測から考えるのではなく創業時の想いや考えを起点に議論していくこと、企業の価値創造ストーリーに深みを持たせること、インパクト情報・KPIを継続的に社会に示していくこと、といった意見が挙がりました。
後者については、長期目線でインパクトや社会課題をとらえ企業を応援する姿勢をとること、ネガティブも含めホリスティックにインパクトを見ること、投資家としてどのような社会課題が重要か発信すること、等の意見が挙がりました。
当日は、金融・市場関係者、事業者、業界関係者等からなる委員37名が出席し、関係省庁・オブザーバーも含めると約197名程度の参加がありました。
次回は、2023年1月12日の開催を予定しています。
資料
フェーズ2第3回「インパクト投資に関する勉強会」議事次第
資料1 経団連銭谷座長、正木様プレゼン資料
資料2 大和ハウス工業プレゼン資料
資料3 リクルートホールディングスプレゼン資料