インパクト投資の歴史
世界の動き
「インパクト投資」という用語は、2007年にロックフェラー財団が主導して開催した国際会議で誕生しました。用語としては近年生まれたものですが、その概念の登場に至るまでには、長い歴史と実践が関係しています。
ここでは、世界におけるインパクト投資の背景や歴史を主なトピックスと共にご紹介します。
米国:金融包摂と、フィランソロピーマネーの還流
貧困衰退地域の金融包摂
- 米国では1960年代頃から、公民権運動の盛り上がりによってエスニック・マイノリティや貧困層への金融排除 ※注1 の防止・金融包摂が言われるようになり、コミュニティ開発金融機関(CDFI)が相次いで設立されました。
- 1977年には地域再投資法が制定され、商業的な成功を収めた金融機関から、CDFIを通じた貧困衰退地域やマイノリティへの投資が促進されました。
- 1990年代に入るとより積極的な振興策が採られ、2000年代には投資減税制度が新設されるなど、コミュニティの課題解決に投融資の力を活かす取り組みがさらに進展しました。
(※注1) 金融排除とは、エスニック・マイノリティや女性・移民等の不利な立場にある層、あるいは貧困層が、金融サービスにアクセスできない状況を指します。
フィランソロピーマネーの還流
- 1960年代後半から、民間非営利型の助成財団が比較的低い金利水準やリターンで特定の公益的なプロジェクトに対して投融資を行うPRI(Program Related Investment)が導入されました。
- こうした経験を通じて、助成財団を中心とするフィランソロピーセクターは、助成のみならず投融資による支援の経験を蓄積していきました。
欧州:ソーシャルファイナンスの登場、金融機関によるインパクト投資の推進
- ヨーロッパでは、1960年代後半から「ソーシャルファイナンス」という考え方が登場しました。代表的な金融機関として、オランダが発祥のトリオドス銀行、ドイツのGLS銀行、イタリアの倫理銀行(Banca Etica)、イギリスのコーポラティブ銀行などが挙げられます。 Related Investment)が導入されました。
- 金融の持つ社会性に強い関心を抱いて設立されたこうした金融機関は、その後のインパクト投資の推進においても早くから資金提供を行うなど、先導的な役割を果たしていきます。
欧米:SRIの登場と拡大
- 1920年代に米国・英国で誕生した社会的責任投資(Socially Responsible Investment:SRI)は、キリスト教会が酒・たばこ・ギャンブルなどに関わる企業への投資を除外したことに始まりました。
- 1970年代、公民権運動が高まる中で、SRIは消費者保護・環境保護・反戦運動などと連動しながら、そのすそ野を広げていきました。教会に加えて、労働組合や大学、公務員年金基金なども参画し、投資信託の発売によって個人投資家の参加も可能になりました。
- 1990年代に環境問題がグローバルな課題としてクローズアップされると、環境問題の解決に向けた投資が増加しました。またCSRの概念の普及に伴い、CSRに積極的な企業への投資が拡大していきました。
欧米:PRIの発足とESG投資市場の発展
- 欧米を中心に、1920年代以降実践が積み重ねられてきたSRIは、2006年に発足した責任投資原則(Principles for Responsible Investment:PRI)により、新たな展開を迎えました。
- 国連が提唱したイニシアチブであるPRIは、投資に際して考慮すべき領域として「環境・社会・ガバナンス」という3つの領域を明示しました。またアセットオーナー、運用機関、サービス提供者のPRIへの署名が広がりました。またこれを機に、ESG投資という用語が広がりを見せ、市場の発展が急速に進みました。
英国:社会的投資の推進、休眠預金と市場形成、SIBの登場
社会的投資の推進
- 英国では、チャリティ制度改革や社会的企業の振興戦略、政権交代と社会政策の変化が、社会的投資の推進や金融包摂・インパクト投資の成長と深く結びついてきました。
- 2000年4月にGSGの代表であるロナルド・コーエン卿をトップに社会的投資タスクフォースが誕生し、米国の経験をもとにしたCDFIの導入、投資減税の実施、社会的企業への投融資の振興に向けた基金設置などが進みました。
- 2004年には「金融包摂タスクフォース」が立ち上げられ、低所得者層に対する金融サービスの充実が目指されました。
休眠預金法案の制定とインパクト投資市場の形成
- 2008年に休眠預金法案が制定され、イングランド地域においては社会的投資の推進が掲げられました。
- 2012年には、社会的投資を担う民間のファンドに対し、休眠預金を由来とする資金を提供するホールセール型のファンドとして「Big Society Capital」が設立されました。これによって英国のインパクト投資市場の成長と発展が加速しました。
SIBの登場
- 2010年には世界で初のソーシャルインパクトボンド(Social Impact Bond:SIB)が英国で登場し、その後世界に広がりました。
国際社会:用語の誕生とGSG等グローバルなネットワークの拡大
- 2007年、ロックフェラー財団が主導して開催された国際会議で、「インパクト投資」という用語が誕生しました。
- 2009年にはインパクト投資を推進する国際的なネットワークであるGIINが誕生しました。
- 2013年6月に開催された先進国首脳会議(サミット)において、議長国の英国キャメロン元首相の呼びかけにより、「G8インパクト投資タスクフォース」が創設されました。
- 2015年8月には、新たに5か国が参画し、名称をThe Global Steering Group for Impact Investment (GSG)に変更して、新たなスタートを切りました。
- 2018年にはG20ブエノスアイレス・サミットにおいて「インパクト投資」が首脳宣言に掲載されました。
- 2020年にはG20大阪サミットにおいて「インパクト投資」が首脳スピーチで言及されました。
- 2021年には先進国首脳会議(サミット)の議長国英国の指示のもと、産業界主導の独立タスクフォースである「Impact Taskforce」が設立され、提言が出されました。
以上のようなインパクト投資の盛り上がりと共に、フィランソロピー(慈善)を目的とする助成財団や、IT企業をはじめとする経済的な成功をおさめた起業家、グローバルに活動する金融機関や機関投資家も、市場への参画を始めています。
また、欧米のみならず、新興国においてもインパクト投資市場は、目覚ましく発展しています。
日本の動き
日本においては、社会的責任投資やESG投資の発展と、金融アクセスに乏しい女性やマイノリティへの支援、90年代以降広がりを見せた民間による社会的事業の資金調達の拡大と多様化、政府による積極的支援があいまって、インパクト投資の市場形成が進みました。ここでは日本におけるインパクト投資の背景と広がりについて、主なトピックスをご紹介します。
金融業界の変化
エコファンドの登場
- 1999年、国内で初となるSRI型投資信託(エコファンド)が発売されました。その後、環境のみならず、社会面まで広げたSRI型投資信託が登場しました。
- 2000年代に入るとワクチン債やマイクロファイナンスボンドなどの社会貢献型債券が登場しました。
- 2010年には独立系投資信託が持続可能な社会に貢献する企業への投資を行う商品を発売するなど、すそ野の広がりが見られました。
- 2011年には民間金融機関を中心に21世紀金融行動原則が採択され、環境と金融の観点から社会の持続可能性を推進する機運が前進しました。
- 2015年にはGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が責任投資原則(PRI)に署名し、国内の機関投資家がそれに続くきっかけを作りました。またこれ以降、ESG投資が日本においても普及を見せていきました。
新たな手法の登場
市民金融の活性化
- 市民金融と呼ばれる動きも90年代後半から活発化しました。既存の金融機関の投融資の対象になりにくかった女性や社会的事業に対する投融資を積極的に行う主体として、NPOバンクが90年代に登場し広がりを見せました。
- さらには一般市民からの出資によって風力や太陽光等の再生可能エネルギーの普及を目指す市民ファンド、匿名組合を活用したマイクロ投資、アジアの社会的企業に投資する合同会社など、多種多様なチャレンジが生まれてきました。
- こうしたアクションは、従来の金融機関が投融資を積極的に行っていなかった領域への資金循環を促すと共に、金融の持つ社会的な価値に、新たな側面から光を当てる結果を生みました。
東日本大震災による影響
- 東日本大震災以降は、クラウドファンディングが急速に発展し、寄付はもちろん、出資の形式を採る事例も数多く現れました。また被災地でのインパクト投資事例も誕生しました。
インパクト投資の広がり
- 2010年代後半からは、インパクト投資の実例が相次いで誕生しました。また国際協力機関(JICA)による国際金融公社(IFC)のインパクト投資に関わる運用原則への署名など、世界的なイニシアチブと呼応して、国内でも先駆的な取り組みが広がりつつあります。
官民連携の促進・政策の変化
ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の登場
- 2013年のGSG(旧:G8インパクト投資タスクフォース)の誕生から1年後の2014年、日本でも GSG国内諮問委員会が誕生しました。
GSG国内諮問委員会の発足
- 2015年には、日本財団によるパイロット事業として日本初の「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」が登場しました。
- 官民連携の投資モデルであるSIBは、骨太の方針や未来投資戦略、地方創生等の各種基本方針にその活用が明記され、内閣府に成果連動型事業推進室が設置されるなど、その後大きな広がりを見せました。
休眠預金等活用法の制定
- 2016年に、休眠預金等活用法が成立しました。同法では、助成のみならず貸付、出資による資金提供も可能とされました。
インパクト評価・マネジメントの進展
- 2016年には、インパクト評価に関する情報集約と発信、人材育成等を目指すインパクト評価イニシアチブが誕生しました。
- 現在はインパクト・マネジメント・イニシアチブに名称を変更し、知見集約と発信が重ねられています。
金融庁・GSG国内諮問委員会共催「インパクト投資に関する勉強会」
- 2020年に、金融庁と共催で「インパクト投資に関する勉強会」が開始。これは、インパクト投資に対する金融市場関係者と行政の理解を深め、国内外の社会課題解決に向けたインパクト投資への取り組みの意義と課題を明らかにし、我が国金融業界の持続的な発展に資する推進の在り方について議論することを目的としています。
インパクト志向金融宣言の署名と活動開始
- 2021年11月に、金融機関の存在目的は包括的にインパクトを捉え環境・社会課題解決に導くことである、という想いを持つ複数の金融機関が協同し、インパクト志向の投融資の実践を進めて行くイニシアティブである、「インパクト志向金融宣言」が発表され活動が開始されました。